さよならT美粧院

いつも通ってる駅前の美容院へ行って、少し髪を切った。
実は昨日、駅前を歩いていたら、いつもの美容師さんが店から駆け出して来て
「うちの店、今月いっぱいで廃業しちゃうんです」と言って、挨拶状をくれたのだ。封筒の表には○○○○様と、ていねいに私の名前がフルネームで書いてある。住所がわからなかったから、通りかかるのをいつも気にしていたんだそうだ。
その美容院は“美粧院”と名乗るだけあって、昭和初期の開業。高齢のおばあちゃま先生がいて、女性の美容師さんばかりがそろいの白い制服を着ていた。今どきのカリスマ美容室とかそういうのとはほど遠い雰囲気だったけれども、予約しなくてもいつでもそう待たされずに髪を切ることができた。でも、みな腕は確かで手早くいい感じに仕上げてくれたし、着付けもとてもじょうず。そして何より、美容師さんが話しかけてくるときの距離感が絶妙。なれなれしくもなく、愛想がないわけでもなく…。全員が客の名前と顔をしっかり覚えていて、前回いつどんな風に切ったか、記録を見なくてもわかっている。サービス業のカガミみたいな店だったのだ。
しかし、そんな美粧院も、昨年おばあちゃま先生が96歳で大往生。68年の歴史に幕を閉じることになったという。最晩年は、ちょっとボケ気味で、お店の隅っこで延々小銭を数え続けていたり、着物着せる前に帯をしめようとしたり(もちろんちゃんと他の美容師さんが着付けてくれるのだが)突拍子もない行動で、店のアイドルになっていたおばあちゃま先生。それでも美容師さんたちは“先生、だめよ”とやさしくたしなめこそすれ、先生をいつも立てていた。きっとお元気な頃は、厳しくても温かい先生だったのだろう。そういえば最近見かけないなと思っていたら、亡くなってらしたとは。
最近髪を伸ばしているので、あまり美容院に行ってなかったんだけれど、もし知らずに通りかかっていつのまにか店がなくなっていたら、ショックだっただろうな。髪を切ってもらいながらそう言うと「私たちもそれだけは避けたくて、○○さん通りかからないかなあって、気にしてたんですよ」と言われた。
いまどきそんな風に客の気持ちを考えて、急いで店から駆け出してくる美容師さんなんて、よそにいるだろうか?それもこれも明治の女性、おばあちゃま先生が築いたものだろう。そんな店が消えてしまう。本当に残念だ。店の廃業にともなって、いま就職活動中だという美容師さん。変にこじゃれた店には行って欲しくないな…と思うのは、客のわがままでしょうか(^_^;