『東京タワー』

先週バタバタしているときにやむをえず、仕事の資料をスタッフのKくんが自宅までバイク便で送ってくれたのだけど、ポスト投函されたその資料が妙に厚い。何かと思ったら封筒の中に、資料の他にリリーさんの『東京タワー』が入っていた。そういえば先日一緒に飲んだときに“まだ読んでないんだったら貸しますよ、ぜひ読んでください”って言ってくれてたのだった。噂の本がようやく読めるよ、ありがとう。


で、ようやく読んだわけです。泣ける!とかイイ!とかみんな書いているし、今さらだから省略しますけども(トーゼン、泣いたよ。よかったよ)。
私は、東京生まれの東京育ちなので、リリーさんが若い頃、故郷で抱いてたような東京への想いを抱いたことはない。ここ(故郷)ではないどこか(東京)へ行けば何かが変わる…というような想いを、ちょっと想像してみることはできても、そんな風に思ったことがないのだから、トーゼン“なんだ、ここ(東京)に来ても何も変わらないじゃないか…”というような挫折感を味わったこともない。それはジマンしているのでもなんでもなくて、だから東京生まれの東京育ちは弱いし、ダサい人間が多いんじゃないかと思っている。実際、大学に入ったとき、私は何も(ホントーになんにも!)考えずに東京の大学に進学したのだけれど、クラスメイトには他府県から来た人たちがたくさんいて、東京へ来る時点でさまざまな選択(故郷を離れるのだということも含め)をしてそこへ来ているのだ…ということを知って、逆に敗北感を覚えたりもしたのだ。
でも、じぶんにとっては、東京は故郷。リリーさんにとっての小倉や筑豊が、私にとっての原宿や祐天寺なのだ。だから私にとって東京は、決して灰色の無機質な街ではないし、リリーさんが描いているような東京像を読むと、ちょっと複雑な気持ちになったりもする。
本の終わりのほうで、リリーさんのお父さんが“中目黒のあたりも昔は人情があっていいところだったんだよ”というような話をするくだりがあるけれど、本当にそうなんだよ。ウチの死んだおじいちゃんち(目黒)なんて私が2歳くらいまでは、茅葺き屋根の家で、縁側があって、土間がある…っていう家だったし。立て替えたあとも、ニワトリ飼って、ときどき絞めて食ってたし(^^;。幼稚園の頃は、おばあちゃんがおじいちゃんの職場に、お昼になるとお弁当を届けに行くのによくついて行ってた。
Kくん(秋田出身)が本を貸してくれる前に“でもcocoachocoさんは、東京の人だからなぁ、そうじゃなければもっと感動するかもしれませんよ”と言っていた。確かに私もじぶんがネイティブ東京人じゃなければ、どんな風にこの本を読んだのかなぁ、と思った。でもね、土地はどこであれ、親子モンダイというのは普遍だよね。


…なんて話とは関係なく、あと、読んでて思ったのは、おいしいご飯をつくってくれる人のまわりには、いっぱい人が集まるんだなぁってこと。ブログでも、いつもおいしいお料理をつくっている人(id:midori-ramaoさんとか、id:makisukeさんとか)は本当に魅力的で、そこにはいっぱい人が集まってくるもんなぁ。某ぶつ?さんもそうだよねー。私もそんな人になりたいんだけどなぁ。ってことと、このご時世、東京で自宅からお通夜もお葬式も出せたリリーさんはスゴイな、親孝行だなってことだったりする。
相方にもぜひ読んでほしいけど、お父さんを亡くしたばかりの彼にはちょっとつらいと思うので、来年になったらすすめてみようと思う。
東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~